第22話  約束   芦野信司

                                美怜は秋江が語る去年十月に起きた痴漢事件の真の姿に聞き入った。電車に美由紀の父の邦夫が乗っていたことも初めて明かされたことだった。電車の中で痴漢に脚を触られたこと。秋江がホームで転んだ時、邦夫に声をかけられたこと。邦夫の鞄から端切れを貼り合わせた猫の絵が落ちたこと。その後学校でスカートが切られていることが分かり、邦夫が怪しいと思ったこと。  秋江が美由紀にそのことを話して美由紀が邦夫に問いつめたということを聞いたとき、美怜は両目を瞑って額に手をやった。 「それで?」   邦夫が誤解だと言っていること。下校の電車で偶然あったときも濡れ衣だと言われたことを秋江は話した。しかし、カラオケ店までついていったことまでは話さなかった。ただそのとき以来、美由紀も母の順子も邦夫に対する疑いを持っているようだとは伝えた。 「まだ、何かあるわね」  美怜の声は遠雷のように響いた。  秋江が珍しく言いよどんで、しまったという顔をしている。 「何よ。秋江らしくもない」  秋江はぐずぐずした態度で、真斗から口止めされていたんだけどと断りながら、真斗と一緒に邦夫に面会したことを告白した。 「真斗まで絡んでいるのね」美玲の声が冷ややかだ。  秋江は、真斗が邦夫に会ったのは、趣味の端切れ制作が共通であるうえ、邦夫がネットの斯界では神のごとき存在だからということが分かったからだと断った。でも、目的はそれだけではなく、邦夫が秋江のスカートを…

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第21話 飛び越えようか、蹴り倒そうか ∥∥∥∥∥∥∥              かがわ とわ

 二月になった。秋江は教室の窓から青というよりは薄く、灰色というよりは明るい空をぼんやりと眺めていた。数学の授業中。三階の窓際席だから、つい黒板から目が逸れて、外を見ることがしばしば。二月は土曜始まりだったので、授業は三日の今日から。月曜日の午後はだるい。今月の期末テストが終われば、来月は卒業式だ。エスカレーターでそのまま高校へ行く。成績や素行が酷いとか、出席日数が足りないとかでない限り、退学を促されることはないから、残りの月日をただこなしていくって感じ。公立の中三生たちは、私立受験なら先月、公立なら今月中旬が受験だから今が大変な時だろう。──ユッコも。来月は、宝塚の受験が控えているし。宝塚に受かったら、合格した高校を蹴って兵庫県に行っちゃうわけだ。そしたら、これまでみたいに会えなくなる……っていうか、あのチカンに遭った電話から、話してもいないし、会ってもいないんだけれど。受験の追い込みで、必死らしいから。電話を受けたあと、ユッコを呼び出して話がしたいと思っていた矢先、「いろいろごめんね。今、高校受験と宝塚受験のダブルでパンクしそう。落ち着いたらこっちから連絡するから」と、LINEが来て、「ごめん」の手持ちスタンプ全種類が送信されて来た。──いろいろ? ごめん? それは受験で手一杯で、連絡できないとか、会えないとかのごめんなのだろうか。お父さんが迷惑かけたまま保留になっていてごめんという気持ちも含まれているのだろうか。校庭に視線を落とす。体育でハードル走をしている様子が見える。俯瞰すると、走り終わ…

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