第11話   黒豆    黒崎つぐみ   

 12月29日。順子は美由紀と出かけたYモールでばったり秋江の母、東坂美怜に遭った。 「ちょうどお会いしたいと思っていたんですよ」という一言に背筋が凍る思いがした。喫茶店へと促され、美怜が珈琲を頼み、「同じもので大丈夫?」と聞いてきた時も、順子の頭の中には秋江に対する夫の痴漢行為のことが渦巻いていた。「ちょうど」という言葉に意味はあるのだろうか?美怜の顔を盗み見たが、どこにも被害者の母の表情はないように見えた。それどころか美由紀が秋江をディズニーランドへ誘ったことに謝意を示し、美由紀がタカラジェンヌになったときの後援会長になるとまで話が及んだ。善意の固まりのような押しつけが、邦夫の所業と知ったとき、どれだけの勢いで反転し押し戻されるのか。仮にそれが濡れ衣であったとしても、社会的な地位のある東坂家だけに、ひと通りの制裁では済まないような気がして、順子は身の置き場もなかった。もし、これが逆の立場だったら……。美由紀が東坂勝茂から痴漢をされたら、と思うと、到底許すことはできないだろう。もし痴漢以上のことをしていたら……という不安で順子は押しつぶされそうになる。喉が渇く。気が付くと、水が入っていたコップが空になっていた。 「お母さん、珈琲飲まないの?」  そう美由紀から言われて我にかえった。美由紀はちゃっかりカフェオレを頼んでいた。年末の買い物でざわついているショッピングモールの喫茶店で、周囲の騒音よりもさらに大きなよく通る声で美怜の話は続いている。「県の迷惑防止条例」、「卑猥行為の禁…

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