第12話 協力者 かがわとわ

ユッコから誘いがあり、秋江は年明け三日に初詣に行った。大倉山駅から近い師岡熊野神社にしたのは、ユッコが「リキ入れて晴れ着で行くから、遠くはきつい」と言ってきたからだ。由緒ある立派な神社なので参拝者は多く、ユッコは「帯が苦しい」と人混みに酔った感じになってしまい、早めに去ることとなった。帰り道、少し持ち直したユッコは、「お母さんの若い時の着物を着付けてもらったの。宝塚に入れば、自分で着られるように練習するんだよ」とか、「芸能関係の神社は、東京にも神奈川にもいくつかあるから、受験前にまわろうかな」と言ったそばから、 「お願いした内容を人に教えると叶わないんだって。だから、ひ、み、つ」  と、しなをつくってみせた。──梅と牡丹が鮮やかに開く柄は、ユッコのすらりとした体にバッチリ似合うけど、色気のようなものは感じない。 「教えてもらわなくても、わかってるし」 「アッキーは? 何お願いしたの?」 「もう、ユッコったら。私には聞くんだ。いいよ、教えてあげる。言ったら叶わないとか、信じてないし。そもそもお願いじゃなくて、宣言だから。私の初詣は」 「相変わらずだね。で、なになに?」 「迷ったら、やるほうを選ぶ。今年は、それを貫く」  帰宅してのんびりしていると、ユッコからLINE電話があった。 「今日はごめんね。着物脱いだら天国のように楽になった」 「天使みたいに軽くなった? でも、似合ってたよ」 「──うちのおせちの黒豆。お母さんの煮たやつじゃなくなっちゃったの」 「は? 黒豆? う…

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第11話   黒豆    黒崎つぐみ   

 12月29日。順子は美由紀と出かけたYモールでばったり秋江の母、東坂美怜に遭った。 「ちょうどお会いしたいと思っていたんですよ」という一言に背筋が凍る思いがした。喫茶店へと促され、美怜が珈琲を頼み、「同じもので大丈夫?」と聞いてきた時も、順子の頭の中には秋江に対する夫の痴漢行為のことが渦巻いていた。「ちょうど」という言葉に意味はあるのだろうか?美怜の顔を盗み見たが、どこにも被害者の母の表情はないように見えた。それどころか美由紀が秋江をディズニーランドへ誘ったことに謝意を示し、美由紀がタカラジェンヌになったときの後援会長になるとまで話が及んだ。善意の固まりのような押しつけが、邦夫の所業と知ったとき、どれだけの勢いで反転し押し戻されるのか。仮にそれが濡れ衣であったとしても、社会的な地位のある東坂家だけに、ひと通りの制裁では済まないような気がして、順子は身の置き場もなかった。もし、これが逆の立場だったら……。美由紀が東坂勝茂から痴漢をされたら、と思うと、到底許すことはできないだろう。もし痴漢以上のことをしていたら……という不安で順子は押しつぶされそうになる。喉が渇く。気が付くと、水が入っていたコップが空になっていた。 「お母さん、珈琲飲まないの?」  そう美由紀から言われて我にかえった。美由紀はちゃっかりカフェオレを頼んでいた。年末の買い物でざわついているショッピングモールの喫茶店で、周囲の騒音よりもさらに大きなよく通る声で美怜の話は続いている。「県の迷惑防止条例」、「卑猥行為の禁…

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第10話 女系       芦野信司(挿絵も)

十二月二十九日は燃やすゴミの日で、ゴミ出しの最終日であった。会社に行く出がけに家近くのゴミの集積所にゴミ袋を運ぶのが邦夫の日課。年末の休暇に入ってもそれは同じで、邦夫は順子が用意した袋を運んで行った。朝からよく晴れていて、年末年始は好天が続くという予報だった。  近所の家々もそこはかとなく忙しない。まだ八時だというのに窓を全開にして障子の張り替えをしている家がある。自宅前の道を竹箒を使っている人がいる。どの家も年用意で忙しいようだ。邦夫も、順子が朝食の支度をしている間、外回りと玄関の掃き掃除を終えた。  美由紀が二階から下りてきて、朝食となった。二十三日の衝突のしこりはまだあったが、少しずつではあるが家庭内の雰囲気が改善しつつあった。順子の顔色がここ数日明るいのだ。新しいパッチワークにいそしんでいるせいかもしれなかった。 「お父さんは今日休んでいてちょうだい。新年の買い出しで時間がかかるんで、車借りるわよ。お昼は、冷蔵庫にいろいろ入っているからレンジでチンしてもらってもいいし、面倒だったら外食してね」 「買い出し、私も行く」と美由紀。 「……… そう、時間かかるわよ。いいの?」 「大丈夫。勉強はほぼ完璧。ソルフェージュを地道にやって、これからは体調管理が一番大事かな」 「宝塚も受けるんだろう?そっちは大丈夫なのか?」  邦夫が口を挟んだ。 「……… 第一次試験が川崎であるんで、それだけは受けさせてください。面接試験で、すごく倍率が高い………」  美由紀の声…

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